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認知症の母と俺 6 母が認知症になった日

認知症の母と俺 6 母が認知症になった日

認知症の母と俺 6 母が認知症になった日




この記事は以前のブログで2018.09.19に書いたもの・・・


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四年と数ヶ月前の事・・・



仕事帰りに携帯が鳴った。
母からの電話だった。

お前、なんで黙っているの?
気に入らない事でもあるの?
部屋からは出て来ないし。
何が気に入らないのか言って。

と言ってきた。
俺はパニックになり返答に困った。
俺と母は別の県に住んで、お互い一人暮らしだ。
俺が実家に居る訳がない。
俺は・・・

母ちゃん、俺は仕事帰りで母ちゃんの家に居る訳がないでしょ。
第一、今、電話に出ているのは誰?

と答えると「そうだよね」と母は答えた。

これはおかしいと思い、母の実家に近い叔父に連絡をする。
叔父も母がおかしいと気付いたらしい。
次の日、実家に向かった。

実家に着き母と話をするが、話が微妙に噛み合わない。
居る訳のない人に話し掛けている。
その日の内に病院に相談をし、忘れ物外来に予約を取る。

病院に行き先ずは一通りの検査をし、問診をした。
結果は、脳が萎縮してる部分があるが歳相応だという。
居るはずのない人物が見えたり有るはずもない物が見えるのを幻視と言い「レビー小体型認知症」の特徴だという。
そして、薬が出される。
病院に行く前にある程度の知識を頭に入れていったのだが、認知症の特効薬はないという事だ。
その通りの事を医師から告げられた。
認知症の薬は数種類あるが、症状を遅らせるだけのものと説明された。
今の時代、特効薬がないという。
不治の病なのだ。

忘れ物外来のサポーターが今後の事を説明する。
先ずは市の包括支援センターに行きアドバイスを受ける事。
市が行なっている支援の説明と認定調査を受ける事。
その後ケアマネを付け今後の事を話し合う事。
を説明された。

認知症に対して薬もそうだが、全てにおいて受け身だという事を感じた。
余りにも突然すぎる母の認知症と介護
心の準備と覚悟は全くなかった。
これから先の不安が増す。
認知症は少なからず進むのは事実。
胸がざわつく。

それからゴールの見えない母の介護が始まったのだ。



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この時を思い返す

この時の事は長い月日がたっても鮮明に覚えている

この時の不安は現実になった

この時から介護という問題に直面し、今に至る

長い月日の中、不安と怒りと戸惑いと優しさが私の心の中で格闘する毎日になった

それは日々を重ねるたびに大きくなる

この時の覚悟などはほんの小さな種に過ぎなかった

未だ介護生活から抜け出してはいないが特養に入った事でかなり負担は減った

それまでの道のりは長く、何回挫折したことか

でもその全てが辛い事ではなく、時に見せる親子だからこその喜びを忘れてはいけないと思う

全てが自身にとってのマイナスという考え

介護をしていればそう思ってしまう

でも、今の私の人間性を変えたのは認知症になった母であることも事実なのだから





特養から先日、電話があった

もうそろそ冬物から薄手の服を五着用意してくれという事だ

今日は仕事を休んでそれを買いに行く

ついでにクッキーでも買って服と一緒に贈ってやろうと思っている






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